ハイ・ジカ

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ハイジカ

タメになる事・ムダな事。僕の人生はどちらも必要な「ハイイロなジカン」

「直感力」今考えている事の逆が正解だ。でもそれは大きなミステイク。

 

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一人の女性が個室で目隠しをされ、椅子に座っている。

 

これから行われる事に少し緊張している様だ。両の手を膝の上に乗せ背筋を伸ばし、礼儀正しくしていることからもそれが伝わる。女性にはビデオカメラが向けられており、この様子を収めた映像が別室で中継され、何人かがその様子を眺めている。 

 

すると、その女性の口元に何やら得体の知れないモノが、スプーンで運ばれ食べさせられた。どうやら何かの食材らしい。

 

女性は何やら食べた感想を述べ、また別のモノがスプーンで彼女の口に運ばれる。

 

二つ目も食べ終わると彼女の目隠しは外された。その後一瞬の思案の後彼女はこうつぶやく。

 

「Aだと思います。」

 

元日に放送された年始スペシャル番組。「芸能人スター格付チェック」の一シーン。

 

今運ばれた二つの料理はどちらかが超高級食材を使って作ったモノで、片方はスーパーなどで簡単に手に入る一般的な食材のモノだとの事。そして、どちらが高級なのかをそれぞれ芸能人なり芸人なりスポーツ選手なりが己の五感のみで当てる。っていうのがこの番組の主な趣旨。(知ってると思うけど一応ね......。)

 

さて番組の続き。

 

この女性(女優の中山美穂)が「A」を選んだ時、別室に控えていた同じチームの男性(タレントのウエンツ瑛士)はうれしそうにその意見に同意していた。何やら同調するモノがあったのだろう。

 

ところが、ここで中山美穂は「B」の可能性も捨てがたいと、あれこれ苦悩し始めた。

 

こうなってしまうと、ありとあらゆる些細な事まで手がかりの様に思えてしまうモノ。中山の苦悩はさらに深まってしまう。

 

別室のウエンツは何やら不安な様子。

 

そして熟慮の末最終的に、

 

「Bです。やっぱりBにします。」

 

っと、最初に出した判断を翻して決断。

 

果たして、正解の高級食材は......。

 

 

 

 

という前置きから、今年は始まるんだ。うん。

 
 
 
 
さて、僕が以前に書いた記事で、
 

 

で何かを判断する時に"直感"はとても大切と主張しました。
 
っでこれなんですが、結論からいうと間違いなく超重要です
 
とりあえず、今回はそれがわかるっていう書籍二つと、番組の続きの話ね。
 
本の紹介飛ばしても、番組の続きは読んでみて欲しいです。割と今回は珍しく良い感じだから。
 

■  経験を瞬時に繋ぎ、そこから最適解を導き出す。

 
『なぜ直感の方が上手くいくのか?』 ゲルト・ギーゲレンツァー:著
  

  

本書では具体的な株式投資の例、人口統計クイズ、プロ・アマ両スポーツ選手に同じアドバイスをした時起こる実力発揮の変化、医療現場に置けるケース別診断手順、海外の臓器提供者人口の実情から、恋愛に至るまで。
 
人間の『直感(直観)』に関して著者が行った研究を、多方面の実例と統計データを元に分析し、解説している本です。
 
その中で終始結論として出てくるのが" 直感(直観) "が最良というモノ。
 
本書の中で"直感"の対比として、"論理思考"が用いられます。
 
著者は、数々の実験・実例を通して"直感"に頼った人間(集団)の方が、"論理思考"を用いた人間(集団)よりも、良い結果を生み出し得るという結論を得ます。
 
例えば、海外のある監督が" 飛んでくるボールをキャッチする"という事について、論理的方法で実行する様アドバイスをしたところ、選手達はかえってボールが取れなくなった。という実例があるといいます。
 
しかし、人は(犬でさえ)ボールの取り方を誰かに教わるワケではなく、最初からある程度自然と取る事が出来ます。(あるいは取れる様になります)
 
このことから、人間(生物)には本来『経験則』から得られる、無意識の知性が備わっている。そしてそこから引き出された英知こそが”直感”であると、本書ではあります。
 
論理的に物事を処理する機械がいい例で、ボールを瞬発的にキャッチする機械が開発されるのは、まだまだ先の事になるそうです。
 
しかし、我々人間はほとんど大した苦労もなく、ボールをキャッチする事ができます。
 
直感にはそれほどの力があります。
 
という内容の本です。文章量が多く分厚いので、読むのに時間が掛かる印象ですが、
 
これでもかというぐらい、直感についての考察と実例が書いてあります。
 

■ どうやって直感力は鍛える?生かす?

 
『直感力』羽生 善治 著
 
 
言わずと知れた将棋界の"天才" 羽生名人の著書。
 
僕個人は、小学校の時に"将棋伝承遊びクラブ"という、何とも言い難い名前の部活をしていた経緯もあって、将棋のルールは一通りわかるというレベルです。
 
ただ、その時から羽生名人の名前は耳にしていたので、すごい人なんだという印象はありました。
 
現在でも、高次元な戦略思考が要求される"将棋"の第一線で活躍する羽生名人。
 
氏は如何にして、直感力を利用しているのでしょうか?
第一線で直感力を生かし、武器として扱う人間はどの様な考えで実戦に望み。また普段の日常を過ごしているのか?
 
本書の内容は、
 
・無理をしない
・囚われない
・力を借りる
・あきらめること、あきらめないこと
・自然体の強さ
・変えるもの、変えられないもの
 
など、最終的には直感とデータを有効に使った方がより勝ちにつながる。という事だけでなく生き方そのものについて。色々な事が勉強になります。
 
中でも、「インプットする以上にアウトプットを」では、出力する事により、より経験はしっかり身につくという事が書かれています。
 
棋譜を理解していても、実際にできるかどうかは別問題である。ーーーインプットと同様に、アウトプットを意識的に増やすことが必要だろうと思う。
 
これなんかめっちゃ共感できる部分。実際に自分で勉強するよりも、人に教える方が10倍は身に付きます。
 
 色々試してみる事。多様な価値観を持つこと。失敗を恐れない、自己否定しない。直感をさらに生かす上で、実践的な心構えが書かれています。全体的に読みやすいし結構オススメ。
 

 ■ 今日から自分の直感には正直に

さて、冒頭の番組の話の続き。
 
ここまでの流れで大体察しがつくと思いますが、
 
AとB、どちらが高級食材だったのかというと、
 
 
もちろんAでした。
 
 
つまり、最初にピンときた方にそのまま従えば良かったのです。

  

散々悩んだ末、最初の方が正しかったなんて目も当てられません。

 

中山さん意気消沈。

 

 

 AとBを思案している最中、別室のウエンツが「こういう場合は最初の方が正しい事が多い」と漏らしていたのが、とても興味深いです。

 

この時は僕も「まぁそんな時もあるよなー」ってな感じでした。

 

 

ですが、実はこの話ここで終わりません。

 

 

その後も番組はブラスバンドの聞き比べと、盆栽の比較へと続きます。

 

そしてこっちのコーナーは視聴者参加型。

 

その時、親と兄弟と番組を一緒に見ていました。

 

それで、ウエンツの発言もあって"直感"を少し意識して僕もやってみる事に...。

 

ブラスバンドにしろ、盆栽にしろ、

 

家族は「音にまとまりがない」「全体的に音が小さい」「見た目がお菓子っぽい」「ワザとらしい」「学生なら~のはず」「価格10億なら~のはず」という様々な憶測や評価を元に決定。

 

一方僕は特に熟慮せず、本当にパッと見て(聞いて)「なんとなくこっちかな?」と思った方を、選んだ後一切変更しないという方法を採りました。

 

二回とも僕と家族の決定は分かれ、そして結果はなんと、二回とも僕の正解でした。

 

この時の気分は、正解してうれしかったというよりも、もはや唖然。

 

今まで知らなかった未知の力に目覚めてしまった様な気分でした。

 

「えっ?まじで?直感ってこんなにすごいの??」

 

この時すでに上記の書籍二つは既に読んでたんで、「そういう傾向がある」程度に留めていた程度だったんですが、まさかこれ程とは......。

 

だって3回ですよ!?直感に従って良かったケース。ウエンツの発言も含めれば4回!?

そんな事ありますかね!?

 

これってもう十分、判断の足掛かりにして良いって事じゃないでしょうか??むほーっ!!

 

っと、年初め早々一人興奮していたワケです。

 

悩む時間が掛からないとか、なんで途中で変えてしまったの?という、自責の念にも駆られないし、割と理にかなった決定方法ともいえるので、

 

「まずは直感で決め、それに従う作戦」は普通に有効です。

 

皆さんも是非お試しあれ。

 

あっ、格付けチェック48連勝中のGackt氏に関しては、「ホントもうよくわかんない」というのが正直な感想ですマル

 

今年もよろしくホンジャネー

 

※タイトルはFF6のセッツァーというキャラの名言から抜粋。

 

壮ト@MassOnishi

[16/1000]

「神は死んだ」人は挫折する。力を求め、弱者を乗り越えよう。

 

皆さんは挫折を経験した事があるでしょうか?

 

っていうか、逆にない人っているんだろうか......。

 

失恋、大切な人との死別、挫折、仕事上での失敗、人生の落ち目......。

 

自分の理想が崩れて、あるいは、何かしらの不幸に見舞われ、

 

以前と同じ様に物事が進まず、鬱屈して何もかもに嫌気がさし、仕舞にはそんな自分すらも憎んでしまう。

 

他人が妬ましい。自分はなんてダメな人間なんだ。こんな世界なんて無くなってしまえば良いのに......。

 

ある哲学者はそれを〈弱者〉と呼びました。

 

しかしそれが弱者なのだとすると、誰だってそうなり得るはず。

 

 

では一体弱者はどうしたらいいのか?

 

 

『ニーチェはこう考えた』 石川輝吉 著

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今回はそういう話。

 

ニーチェの導き出した哲学を、全編を通して分かりやすく解説。この世に生を持つ事についての、ニーチェの解答がここにあります。

ぶっちゃけ、ヘタな啓発書読むよりよっぽど良いです、この本。

  

■ ニーチェはド真面目な弱者系男子だった。

ニーチェの哲学の中には、ナチスドイツのユダヤ人迫害の思想に影響を与えるほど、ちょっと過激なアフォリズム(名言・箴言・警句)がありました。

 

「神は死んだ」

 

はそれを代表するあまりにも有名な文言です。うん、過激だ。

 

しかし、そんな彼ニーチェは、プロテスタント系の牧師の家に生まれ、子供の時からまじめを絵に描いた様な"神童"であったみたいです。

 

古典文献学を専攻し、若くして大学教授になる程、彼は勉強ができました。

 

ショーペンハウアーの哲学と、ワーグナーの音楽に傾倒。"本物"の芸術や哲学だと崇拝していました。

それらを讃える『悲劇の誕生』なんていう本も書いちゃったり。

 

しかしある時、その自分の理想がいとも脆く崩れさってしまう事に......。

 

彼は挫折し、絶望を味わいます。

 

もともと体が強くなかったニーチェ。その後、失恋したり、ウジウジしたり、病と闘ったりしながら各地を転々とします。

 

実は彼の哲学で言う〈弱者〉とは、この時の彼の事だったんですね。

 

■ 弱者とは何か

ニーチェの哲学では、

 

〈弱者 〉とは 自分にとっての当たり前、理想がもはや崩れさり、精神的にこの世界そのものを、虚無としてとらえている状態の事を言う。

 

っと本書にあります。うーむ。

 

ニーチェの崇拝していた、ショーペンハウアーの哲学は悲観主義。「生は苦悩である」というもの。

 

実は、ニーチェが〈弱者〉となっていた頃の哲学は厭世主義、悲観主義、理想主義とか、「どうせこの世界は変わらない」「どうせこの世界はうまくいかない」「本当はもっと良い世界がある」

 

など、世界そのものに視点を向けたモノがほとんどでした。

 

まさにこれらの思想を受け、ニーチェ自身が後々強く批判する事になる〈ルサンチマン〉による〈ニヒリズム〉に、ニーチェ自信が陥っていたんです。

 

以下簡単に。

 

〈ルサンチマン〉

不幸や挫折による、他人に対する嫉妬や憎しみを抱いている状態。自分や世界に悲観的。

自分と他人を比較してネチネチ、クヨクヨ。「リア充死ね」状態。

 

〈ニヒリズム〉

ルサンチマンがさらに侵攻。世界(人生)への失望と虚無。

「所詮全ては無意味。死にたい。こんな世界なんかなくなってしまえばいい。」 

 

じゃあ、自分という存在はなんのために、生まれてきたんでしょうか?

 

ニーチェの哲学の方向性は、自分自信に向かいます。

 

■ 弱者を乗り越える〈力への意志〉

 さて質問です。

 

「今の自分の人生がこの先何回も繰り返されたとします。

その同じ人生をこの先何回でも経験しなければならないとして、果たしてアナタはそれを望みますか?」

 

ニーチェはこれを〈永遠回帰〉 と言います。

 

もちろん、この世界がそうなっているのかどうかは、正直わかりません。死んだらそれで終わりかもしれませんし、そうではないかもしれません。僕の知ってる限り......。

 

しかし、もしそうだとしたら、人生をどう受け止めたらいいのでしょうか?

 

ニーチェはこう言います。「自分と世界に"イエス"と言いたまえ。」

 

つまり、人生そのものを肯定する事

 

そのために〈力への意志〉と〈よろこび〉が重要だといいます。

 

〈力への意志〉と〈よろこび〉

〈超人〉を目指す事。成長(大きくなろうとする努力)する事を喜ぶ。その〈よろこび〉と共に人生を歩む事。

 

〈力への意志〉"「生きている間に、出来る限り最も良い所へ昇りつめようとする努力」wikipedia抜粋 "

 

 

「努力すれば何とかなる。」

しかしこれは、よくある「体育会系」の発想ではありません。つまり、根性論とは違います。

 

例えば、小さい頃、人は誰しも自転車を乗るために、練習を積み重ねたはずです。

そして、やがて自転車を無事に乗りこなし。達成感を味わったと思います。

 

過去の小さな成功は自分の誇りになります。

 

「誰かに貢献したわけではないし、誰でも出来るとても簡単な事だけど、わずかだが自分は成長できた。うれしい。」

 

”そう思える事を達成できた”自分の人生には意味がある。そう思いませんか?

 

しかし、一方で今自転車を乗りこなせるのは、もはや当たり前となっています。

 

ある時、不慮の事故で自転車に乗れない様になってしまったらどうでしょう?

 

これは挫折となってしまいます。

 

だから、自分の成長に目を向ける。そして成長し続ける自分に目を向ける。

 

これが肝心だとニーチェは言います。

 

時にはどんなに努力しても、乗り越えれないこともあるかもしれません。

 

あまりにも有名なお笑い芸人、明石家さんま氏も「生きてるだけで丸儲け」と言ってます。

 

場合によっては逃げる事も大切です。自分の生そのものを"イエス"とするならば、死んでしまうよりも、逃げて生き延びましょう。生き永らえて、別のところで成長し、また再チャレンジすればいいじゃありませんか。

 

■ 過激な発言とかで色々損をしてるけど

 

〈ルサンチマン〉を引用する際に、キリスト教の源流となったユダヤ教の、ユダヤ人を引き合いに出し、彼らを〈弱者〉の例に出すという、過激な事をしたり。

ナチスに思想を取り入れられて、世界から顰蹙をかったり。

晩年は病気による衰弱などで、発狂して生涯を終えたり。

 

と色々とアクの強いニーチェですが、彼の人生に対する真摯な取り組みは、今の僕たちにも十分に伝わってきます。

ニーチェに関する本は2.3冊読みましたが、この本が一番読みやすい印象です。

他にも、ニーチェがキリスト教批判に至った経緯など、詳しく書かれてます。

 

あっ。ちなみに、全然関係ないのですが。バイト先にまでこの本を持って行って、読んでいた当時の僕の名前には「ニチェ」が付きました。

 

 

 

誰がオオニチェやっ!!

 

 

ホンジャネー

 

 

[14/1000]

 

オオニシ壮ト@MassOnishi

日本語の終わりを司るモノ「ん」 - その謎について。

 

「しりとり」

 

 

「りんご」

 

 

「ごりら」

 

 

「らっぱ」

 

 

「ぱんだ」

 

 

「だんべる」

 

 

「るぱんさんせいのでばん」

 

 

「ん?......「ん」かぁ......んー........」

 

 

 

 

「んじょも」

 

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ということで、日本語には「ん」ではじまる言葉がありません。

 

っていうか、「ん」という発音から始まる言葉。海外にしても、アジアでもほとんど見当たらない、それどころか西洋では全くみないそうです。

 

これだけではありません。

「ん」という文字には、

 

日本橋はなぜ「Niho"m"bashi 」なのか?なぜ"n"ではなく"m"なのか。とか、

「ん」は日本語で50音の中に唯一入らない音。とか、

日本語の源流である、中国語には「ん」なんて文字がそもそもない。とか、

「ん」という文字はそれ単体では成立しない。とか、 

 

「ん」には不思議な点がたくさんあります。

 

それをわかりやすく解説しているのが本書。

 

『ん 日本語最後の謎に挑む』 山口 謠司 著

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です。

 

 「ん」の音は下品

「ん」の成り立ちとかに関しては、詳しい説明を本書に譲るとして、

 

この文字の持つ特質性に着目してみます。

 

皆さんは「清音」と「濁音」という言葉を聞いたことありますよ・・・ね?

 

50音の「あ」~「を」が「清音」。文字に「」のつく「が」~「ぼ」が「濁音」。

では「ん」という文字はどちらに含まれるのでしょうか?

 

ところで、西洋では日本人の「んー」という曖昧な返事が「嫌いだ」とする傾向があるんだとか。

著者の奥さんもフランス人で、そう主張している。

 

日本では古来、「濁音」は昔から純粋な50音の「清音」と比べて、卑しい印象がどうしてもついてしまう。「ん」が混じると濁音になる部分があるので、「ん」も濁音と同列とみなされていた。(ちなみに冒頭の"Nihombashi"もすぐ後ろの"b"の音に合わせて、"n"が"m"に変化した事によるヘボン式に則ったモノ)

 

女流作家代表の清少納言も、「ん」の発音には品がないという考え方があったみたい。

 

現代でも「ボンクラ」「残飯」「煩悩」「愚鈍」「貧弱」「下品」「平凡」とか、確かに「濁音」と「ん」が入ってるモノは" 残念 "なイメージが多い印象。

 

他にも、「んあっ」とか、「んんんんんー」とか、「あんっ」とか、「いやんっ」とか、「ぱおーん」とか。

 

「ん」が入ってる擬音語は、なんだかいけない気持ちがしてきませんか?(親しみを込めた微笑み)

 

 実はこれには理由があります。

 

元々、「ん」の発音は発声する際、口内が最も不自然な形になって発せられるそうです。

 

つまり、「ん」は生物学的には最も不自然で気持ちが悪い音なんだとか。

 人は無意識の内に、自然ならざる音になんともいえない不思議な感覚を、抱いているのかもしれません。

 

 関係あるかどうかわかんないけど、携帯のバイブ音とかが嫌な人ってこれが関係するのかな?あっちのバイb

 

「ん」は宇宙の終焉を司るマントラ

 

「ん」には宇宙の真理が詰まってる。

間違いありません。

  

 

正しくは「吽」で、空海さんがそう仰ってます。

 

平安時代当時、唐(中国)は世界の中心でした。

 

遣唐使であり、真言宗の開祖でもあった空海。彼は著書の『吽字義』で仏法の極意として、「阿吽」の概念を提唱しています。

「阿」とは宇宙の始動。「吽」とは宇宙の終焉であると。

 

ホントにビックリですね。

 

何がって、↑の見出しとの落差がありすぎて......。

 

仏教の本場はインドです。サンスクリット語(梵字)が盛んで、当然仏教の極意の伝授もこの言語で言い渡されます。

 

空海さんは天才でした。20年の修行のための滞在予定期間を、たった2年でマスターして日本に帰ってきます。

 

日本に戻ってきた空海は真言宗を開きます。 時を同じくして、日本から戻ったきたのが同じく遣唐使の最澄です。

 

彼はとてもまじめな秀才で、なんと空海の元に仏法の教えを乞いに行きました。すると......。

 

 

空海「ざけんな(#^ω^)」

 

 

努力家の最澄はめげずに天台宗を起こします。

 

その後、最澄が猛勉強して辿り付いた境地は、空海が開眼した「吽」の境地と多くで一致した様です。

 

天台宗は当時の日本シェア率No1でした。皮肉な事に、最澄の弟子達によって空海の「吽」は日本の多くに広められた。と本書ではあります。これが現在の「ん」の源流です。

 

この二人がいなければ、現在の「ん」という概念そのものが、別のモノになってたかもしれません。

 

中学教科書に載るだけあって、やっぱりスゴイ人だったんですね。

高校受験の時「高野豆腐の真空パック」「ヒエェー天才」とか言って語呂で1セットで覚えてたの、なんかゴメンな......。

 

「ん」という一つの文化を知る。

 

 本書では「ん」という文字について、

空海の「吽」の起こりから、「ん」を構成する三つの発音。 

そして、それを他の記号を使って当てはめる仮名遣いの経緯。

それが現在の「ン」のプロトタイプである事。

江戸時代の「ん」の流行と、本居宣長の論争。

現代文学における「ん」との距離感。

「ん」の発音を10種類の音に聞き分けられた、500年に一人の耳を持つ博士の話。

 

など、余すことなく語られています。

本書では、空海・最澄の事も含め、「ん」という文字から見える、一つの歴史の側面が描写されています。

 

高校時代は世界史専攻だった僕。

そんな僕でも本書は面白可笑しく読めました。

 「ん」という文字にについて妙な親近感を持てた様な気がします。

 

 Honjane-!

 

 

[13/1000]

 

 

サラリーマンは理想象の夢を見るか?

 

今回も本ビューいくよー。

 

『夢をかなえるゾウ』水野 敬也 著

 

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「ウケる日記」の水野敬也さんの170万部のベストセラー本。

最初から最後まで、小気味の良いコメディで展開していて、

本をそんなに読んだことない人でもめっちゃ読みやすいよ。

 

■ ガネーシャ式成功トレーニングで「夢」を目指す

ある日、主人公の「僕」(登場人物の方は「」表記)がいつもの様に朝、目を覚ますとそこには、

 

長い鼻に二本の白く長い牙(片方はなぜか途中で折れている)が生えている、象の様なというかどうみても象にしか見えない、奇怪な化け物がすぐそばに座っていた。鼻をユラユラ揺らして......。

 

ゾウは「ガネーシャ」と名乗り、なんでも「僕」の夢を叶える、ありがたい指導をするために現れたんだとか。

 

「僕」は『1日ずつ出される課題を必ずこなす』ことを条件に契約を結びます。

そして「ガネーシャ」から1日に1つだされる課題。それは......

 

靴を磨く

コンビニで募金する

食事を腹八分におさえる

トイレを毎日掃除する

 

という、どれもが一見意味のない行動の様に見えるモノ。

 

しかし、それらは成功に必要な大切な習慣である。とガネーシャは力説します。

例えば靴磨きでは、メジャーリーガーのイチローの例を取り出して、

 

「神聖な商売道具を粗末に扱うなんて考えられない」という信念をもっていたイチロー。彼は小学生の頃から、グラブを磨いて試合に臨んでいた。

 

という話をします。

 

この他にも、松下幸之助、本田宗一郎、スティーブジョブズから、シェイクスピア、エジソンに至るまで、

 

史上の偉人達の例と共に、その行動の意味・必要な考え方がガネーシャを通して余すことなく語られ、「僕」の課題は進んでいきます。

 

■ 「夢」との本当の向き合い方とは

 さて、本書は「読者参加型啓発フィクションノベル」です。(今、命名)

 

1日(1章)に1つ出される課題を自分でもやりながら、本を読んでいくスタイルなのです。

 

これがまぁなかなかに面白く、「次(明日)の課題はなんだろう~♪ウフフッ」なんていう、割とゲーム感覚に近い様子で読み進めていく事ができます。

 

 しかし、ある時こんな印象的なシーンに遭遇します。

 

ふとしたことが切っ掛けで、ガネーシャが言っていた事はほとんど全て「僕」の家の" 本棚 "の本に書いてあるということを告げられます。

 

「ワシが教えてきたこと、実は、自分の本棚に入ってる本に書いてあることなんや。」

 

マ、マジで―!?

 

 ここまで課題を"こなして"きた「僕」は衝撃を受けます。

 

しかし、「ガネーシャ」はこのままでは「僕」は変わらないだろうと言います。

 

っというのも、「ガネーシャ」の課題に対して「僕」は未来に期待をしている。しかしそれは一時的な興奮からくる高揚感、その感情に流されているだけでしかない。

 

現に「僕」は過去に何度も今の様な興奮状態になったが、寝て起きた次の日は、いつもと変わらぬ毎日を送っていた事を思い出します。

 

果たしてそれでいいのか?

 

"期待"では人は変わらない。人から与えられ"こなして"いるだけでは「夢」は叶わない。

 

ではどうするか?

 

「もし自分が変われるとしたら、行動して、経験した時や。そん時だけやで」

 

「ガネーシャ」は答えます。

 

そのためにはどうしたらいいのか。実はもうそんなに長くはここにいられないという「ガネーシャ」

 

そんな彼(?)から最後の課題が出されます。

 

■ 普段本を読まない人にも

全体的に文章もやわらかく、基本的には会話中心の文なんでとても読みやすい印象。

 

内容も、途中で釈迦がでてきたり、ガネーシャが「僕」の会社に勝手に通勤したり、

普通にコメディノベルとしても十分楽しめます。

 

僕がこの本を初めて読んだのは、もう5年以上も前の事です。

 

その時と今を比較して、体重が10kg減ってる。本を読むスピードが当初より10倍ぐらい早い。やりたかった分野の仕事が出来てる。

 

っと思い返せばこの本の考え方など、割と恩恵を受けてました。

この本に書いてある事で、食事を腹八分に抑えるとか、コンビニでおつりを募金するとか、いまもやってたりします。

 

"啓発する"というよりも"楽しむ"という感じでも、全然良いと思える書籍です。

 

 ホンジャネー。

 

 

[12/1000]

魔術のささやきはどんな人が聞こえるのか。

11回目の本ビューね。

 

先に言っておくと、結論としては作品自体はオモシロかったんだけど、

 

正直、ブログの出来が今一つ自分の中で煮え切らないモヤっとした感じになっちゃってます。

 

ホントに話は面白いだけにうーん、くやしい。

 

んっ?いつものコト?

 

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『魔術はささやく 』

宮部みゆき 著 (新潮文庫)

 

 

" ささやき "に翻弄される人々。 

 作品の序文。

冒頭。二人の女性の事故死を報じる新聞記事と、その事故の様子を伝える情景。

 

そして、三人目の女性がある夜、不意に道端で「何かに追われている」という強烈な感覚に襲われる。それから必死に逃げて 、逃げて、目指した明かりの先は......。

 

日下守(くさかまもる)は私立高校に通う高校生。14年前に父親 は市役所の公務員だったが、職場での公金横領が発覚。行き先を告げず失踪。母親は父親を信じてその帰りを待っていた。しかし、やがて脳血栓で還らぬ人に。一人になった守。そこに叔母(母親の姉)の誘いにより、叔母一家の家に住み込ませてもらうことに。以来現在に至るまで大造(叔父)、より子(叔母)、真紀(娘)の三人と寝食を共にしている。

 

ある日タクシーの運転手を生業にする叔父の大造が、一人の女性を撥ねてしまう。

 

目撃者は見つからず。「信号は青だった。」という大造の発言もむなしく、重大な過失という事で大造はそのまま逮捕されしまう。

 

 

さて、大造が轢いたのは、どうやら冒頭で逃げていた女性の様。

 

この事件を期に守は学校では殺人犯と同一扱い、ってか父親の横領の件で、実は前の学校でもいじめの対象になっていた。

 

既に本作の主人公の守がかなり悲惨で、大分痛々しい感じです。っがまだ終わりません。

 

家には険悪なムードが流れる様に。

 

先方に謝罪に行った叔母のより子は、モノを投げつけられ顔面を負傷して帰ってきます。

 

さらには、世の中からは" 殺人犯の家族 "呼ばわりされ、家に中傷の電話が鳴り響く始末。

 

なんという不幸......。 

 

しかしながら、その中で一つ奇妙な電話の声が。

 

 

「本当にありがとう。あいつは死んで当然だったんだ。」

 

あいつとは、事故で死亡した女性、菅野洋子のコトでしょうか?

 

これを機会に不信に思った守は行動を起こす事に。

 

すると、今回死亡した菅野洋子は、何やら曰くあり気な二流雑誌に出演した過去を持ち、その時に多額の報酬を得ている事がわかります。

 

そして、守がその雑誌を編集した元編集者にコンタクトを取るあたりから、物語は急速に加速します。

 

・先の二人の事故、そして今回、さらには新たにもう一人の女性。それらを結びつける "二流雑誌 "の存在。

 

・影から守の様子を伺う人物。

 

・奇妙な電話の声の主

 

・14年前の事件
 
・拘留中の大造
 

・途中から、 ごく自然な流れで当たり前の様にピッキング(鍵開けの技法)を使い始める守。(その経緯に関する説明はちゃんとあります。)

 
 
これらが絡み合って物語の進行していくにつれ、事件の真相と共に徐々に明らかになります。
 
とまぁ、だいたいの内容はこんなもんかな? 

出来る限り簡潔にしようと思ってるんだけど、こればっかりは、記事書いてるヤツの文章能力次第だから、どうしようもないよねー。ハハハハハハッ ドォウッ!?

 

実際、要素的には守の学校の話とか、バイト先の色々とか、結構分量としてはあるイメージなんですが、

僕の場合、守が錠前破りしはじめる辺りから、ノンストップが止まらない感じでした。
 

テーマは人間社会の「魔」

本書のテーマは「魔」だと僕は解釈します。
 
さて、「魔」とはなんでしょうか?
 
作中の「魔」をつかった興味深い箇所。
 
ある時、守のバイト先で女子高生が本の万引きをします。それは未然に防がれる事になるんですが、その学生の処分が退学になるだろうというやりとり。その情景で「出来心」でやったという表現を、「魔が差した」という言い方に態々言い換えています。
 
このシーンは、後々犯人の直接の犯行動機に繋がるシーンの布石になっています。(2週目で気づいたヤツ)
 
また、『魔術はささやく』というタイトルそのものも、ちゃんと(?)犯人の犯行に深く関わっています。
 
人間の心の中にある得体のしれないドス黒いモノを「魔」というなら、本書の場合それは"正体不明なモノへの恐怖"もしくは、"無意識の中の罪悪感"とも"心の闇"とも言えるかもしれません。
 
物語の進行を通して、登場人物達はこの「魔」に翻弄され、支配され、時に心の拠り所にします。守はこの「魔」と対峙し、最終的にはこの「魔」のあり方を迫られるコトになります。
 
人の人格というものは、多方面からみないとなかなか分かりづらいモノ。
物語を追ううちに、ある登場人物に対しての感じ方が、180度ひっくり返され、その後、多分別のところでもう180度ひっくり返ります。それが出来るのも、この作品による「魔」の所業なのかもしれません。このあたりの人間描写が実に面白い。
 
 
物語自体は1980年代の話で、本書は平成元年に刊行されました。当然スマホどころか携帯電話もあまり普及していない時期の話なので、そこらへんの時代のズレが多少ありますが、そんなの気にならない程スラスラ読めます。
 
余談ですが、ドラマ化もされている様です。大分改変されているみたいだけど......。
 
ホンジャネ。
 

 
[11/1000]
 
 

「書く」事を武器にしたい人への、必須の一冊

 

 なんやかんやでブログ更新続いてますね。

 

自分としてはこれは大変うれしい事です。

 

っていうのも、割とブログとか習慣的なことを途中で投げ出しやすい僕。よくもまぁここまで続いたなと結構マジで感心してます。

 

何と言っても今回でなんと本ビュー10冊目!

 

 

......アレ?そんなに大したコトなくね??

  

 

ゴメン、もうちょっと頑張るわ。

 

 

ところで、当初は今みたいに書籍紹介ブログを目指してるワケじゃなかったんですが、なんでそういう経緯になったのか。

omioself.hatenablog.com

 

↑の最後の方にも書いてあるので、よければ是非。

 

っでブログというツールを使って、書評をしていこうと思っています。

 

なぜそんな事をするのかというと、それはですね。

 

自分の言葉でちゃんと相手に自分の気持ちを伝えたいから。。。なんですね。

 

あれ、なんか言い方ミスったみたいな感じになってるのはなんでだ?

 

もっというと、人を惹きつける力・魅力を伝える力・説明する力を身につけたいと思っているんですね。プレゼン力と言うんでしょうか?

 

っで、とりあえずブログ書いていこうと思った時に出会ったのが、

 

『武器としての書く技術』

イケダ ハヤト 著 中径出版

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もはやブログ界の第一人者である著者の、定番の一冊と化してる書籍。

明確にブログを書こうと思った切っ掛けの一冊ですね。

 

最近改めて読み返してみました。ってか定期的に読み返したくなるんですよこの本。

文章作成に関するノウハウから、著者のブログや生き方に対する考え方まで、めちゃくちゃタメになるエッセンスがふんだんに詰まってます。

 

とにかく書け。恐れず書け!

さて、本書の内容を端的に言い表すと以下の様になります。

 

自分の本音を包み隠さず。批評なんか気にせず。ひたすら書け。

 

以上です。

 

 

......だってそうなんだもん。

 

 

狭義には若干違うところもありますが、大体そうです。

 

著者によると『ダメな文章 = 最後まで読まれない文章』との事。

 

それは八方美人な文章ではなく、自分の本音を表したモノ。そういうのが読者に求められているモノであり、面白い文章。文体も別に普通に友達に話しかける様な感じでいい。しかし、単純な愚痴であったり、私的すぎるもの、「~だと思う」みたいな曖昧で抽象的すぎる表現は避ける事。

 

っと言ったコトを、それはもうズバズバ本音で語られているので、読んでてとても痛快なんですよ。

 

悪しを直し、良しを伸ばす。「書く」という武器を身につけよ。

各章の構成は大体こんな感じです。

 

・残念な文章の特徴とその修正方法

・普通の文章をより惹きつける文章にするには?

・著者自身のノウハウ(心構え・読書術・ネタの探し方)など

・実際に「書く」事を「稼ぐ」事に繋げる方法。ブログ業界の現状。収益方の種類とかオススメとか。

・ブログを「書く」事でどの様な恩恵が得られるか。

 

ここらへんの内容と合わせて、

 

全文を通してわかりやすい例文がのっていて、修正前後の違いがわかりやすいのも〇。

また、各章の終わりにまとめがついていて、いつでも振り返りたい時に役に立ちます。

  

実際にブロガーとして第一線でやっている方なので、流石に文章は上手です。ってか普通にブログを読んでるみたいな感覚になり、参考になります。余談ですが、本気だせば著者は一日に10記事はあげれるんだとか。あっ今回の書評の数と同じだっ!ハハッ

 

本書の発行年(2013年)はそこそこ前になるので、今ある多くのブログに対し、既にトレンド化されてる部分があるのも流石に否めません。

 

だからこそ逆に、本書で紹介されている内容は、多くの人の文章にとっても"武器"として有効であったと言えるのではないでしょうか?

 

まぁ、なんだかんだで僕も割と「ここは確かに影響受けてるわー。」と思えるところもあるしね実際。

 

ブログやる人だけじゃなく、インターネット上で表現したい人には、割と誰でもタメになる内容になってます。

 

 

 

 

 ほんじゃねー。

 

[10/1000]

地球と戦う時は、二つのモノがあれば全然大丈夫という話

 

 質問です。

 

 

ケンカしているAとBがいたとします。

 

Aはキテレツみたいなヤツ。殴り合いは弱そうですが、怪しげな道具を使います。若干フワフワ浮いてます。

Bはジャイアンみたいなヤツ。肉弾戦が得意です、というかAの4倍の体格があり圧倒的に殴り合いは有利です。

 

どちらかに加担しなければならないとすれば、どちらにしますか?

 

 

......ありがとうございます。

 

それでは、それをそのままAを月、Bを地球に置き換えてみましょう。

 

するとあら不思議。

 

『月は無慈悲な夜の女王』

ロバート・A・ハインライン:著

 

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の出来上がりです。

 

■ 月と地球。勝つのはどっちだ? 

 

時は2075年人類の活動は宇宙に進出していました。地球の衛星である月は、流刑民の地として取り扱われ、地球の囚人などが送り込まれる環境でした。

 

物語の現在では主人公も含め、当時送り込まれた囚人達の第3世代位の人々ばかりなので、すでに月世界に慣れ、地球に対する特別な確執と言ったものはありません。

 

しかし、月世界は地球政府から不当な要求を受け、資源などを搾取されています。月世界は地球連邦直轄の" 行政府 "により統治され、輸出物にも重い関税が掛けられています。

 

本作の主人公であるマニー(本名:マヌエル・ガルシア・オケリー・デイビス)は、左腕が義手の電子技術士です。彼には" マイク "というディンカム・シンカム(本物の思索家)と呼ばれる、いたずら好きの超高性能AIの相棒がいます。

 

ある日行政府に反対する集会に立ち会うマニー。集会自体は途中行政府の襲撃に会いますが、そこで出会ったワイオという女性と、デ・ラ・パス教授という老人と共に月世界独立のための組織を結成します。マイクと協力しての裏工作や水面下での独立計画を進めます。

 

マニー達はある事件を発端に行政府に対してクーデターを発起。制圧に成功します。

そして2076年7月4日、月世界の独立宣言を行います。

 

その後、地球連邦に外交のため渡航し、不当な資源輸出の撤廃などを求めたりするのですが、意見は並行線を辿り交渉は決裂。やがて地球連邦との全面戦争へ......。

 

っというのが、この作品の主な流れです。うーむ、ざっくりでわかりやすい。

 

大まかな流れはそういう感じなんですが、他にも月世界には法律が存在しません。

月世界では女性の絶対数が極端に少なく、その女性の倫理が尊重され、社会が形成されているからです。

女性が少ないので一妻多夫は当たり前。家族ぐるみで重婚してる家系型結婚なんかの概念が存在します。

それは、月世界の住民が健康的で平均寿命が長いという事にも起因するのですが、反面地球の重力の" 強い "環境はとても生きづらい様です。

 

この他にも、「タンスターフル 」(「無料の昼食はない」という言葉の頭文字 )という言葉がたびたび出てきて、これが"ノーフリーランチ定理"という実在する定理の名前の由来になってたり、

 

超高性能AIのマイクはユーモアが好きで、マニーとの掛け合いが面白く、しかし一方で、そんなマイクの人間的な面の成長が描いているところなんかは、興味深くもある反面、主人公も感じる末恐ろしさの様な感覚を覚えます。そんな事とか、

 

色々と面白い要素が詰まった作品です。

 

とりあえずまぁ、そうこうする内に最終的には地球との全面戦争となるワケですが、 戦力という面では圧倒的な開きがあります。

 

果たして、月側に勝算はあるのでしょうか?

 

 ■ 地球攻略のカギはこれだ。

 

実は、月世界には地球連邦軍と戦うタメの戦闘用の戦艦が一隻もありません。

 

っていうか戦闘のための兵隊すら一人もいません。どうすんだこれ?

 

そこで月世界政府は、打倒地球のためにある戦法をとります。

 

 

それは、

 

巨大な岩を切り出し、それを大型の射出カタパルトに乗せて発射。地球に向かってブン投げる

 

というモノです。

 

 

マジでー!?そんなんでいいのー??

 

 

もっとなんていうかこうー、ハイテクなすごいビームとかさ。ロボットとかさ。そういうのが出てきてさ。相手の戦艦とドッグファイトよろしく。白熱の宇宙戦を繰り広げると思ったらそうじゃないんかい!?。

 

しかし、実際にはこういう事らしいです。

 

月から投擲された岩は地球自身の重力によって何倍にも加速する。地球に衝突する際には超高速に達しており、その衝撃は一発あたり水素爆弾数発分に匹敵する。

目標の計算と発射コントロールは超高性能AIのマイクが担当。向こうからの侵略に対しては地元の人たちでなんとかする。っという戦法。

 

なるほど、人口の隕石をつくるワケですね。

 

なので、もしも皆さんが人生でうっかり地球を敵に回す様なコトがあった場合は、

 

"超高性能な弾道計算機"と"相手に向かって働いてるすごい力のある環境"。

 

このたったの二つのモノさえあれば地球と互角以上に渡り合えます。

 

 いやー。思ってたより随分簡単で良かった良かった。

 

 

えーと、何がだ??

 

 

まぁ、とりあえず。

どんな状況でも今の自分の置かれた環境を吟味して、賢く立ち回ればアレだ、ホラえーっと。なんとかなる。そういうことじゃないでしょうか?

 

 作品自体はね名作です。オモシロいよ。人工知能のマイクがちょっとずつ成長していくところなんかは個人的にはニヤニヤが止まらん。

 民主主義政府が出来る過程とか見てても面白いし。

 

 

 ほんじゃね。

 

 

 

 

 [9/1000]